北斗の犬


ぼくのお姉さまの一人,みいこ姉さんが8月8日夜、天国に旅立ちました。ぼくがうまれるずっとずっとまえにままさんの家にやってきて、17年の猫生を送りました。
ぼくが悪いことをしたときには、よくネコパンチをされたのが、今では懐かしい思い出です。
もう、あのネコパンチをうけられないのはさびしいですが、
みいこ姉さんの教えをこれからもきちんと守っていこうと思います。
最後のお正月
このときはまだ元気で
ネコパンチも炸裂してたよ。
亡くなる1週間前。
最後の力を振り絞って
お水を飲んでいました。
ママさんと一緒にかにカマを食べていて、
うらやましかったんだよな〜。

さて、ぼくはというと、この夏は茨城に2週間の留学をしました。
出発の日、ぼくの大好きなおばあちゃんも同乗してとてもかわいがってもらいました。

最初の1週間は、ママさんのママさんたちが九州に旅行に行くので,その留守番をしていました。
パパさんは仕事があったので、茨城にはママさんとみいこ姉さん、くっちゃん姉さん、のらこさん、
そしてぼくが残りました。
ぼくはくっちゃん姉さんと一緒に門番をしていました。くっちゃん姉さんとは一緒に散歩にも行きました。
くっちゃん姉さんはもうおばあちゃんなので、ぼくは先輩に合わせてひさびさにのんびり散歩をしました。


くっちゃん姉さんが疲れたときは
ぼくががんばる!!
散歩中

追悼

そんなある日、ものすごい雨と雷で夜2時間も停電をしました。
ぼくはかみなりのおとがこわくてこわくてママさんに助けを求めました。
ママさんはひどくなるまえにくっちゃん姉さんとぼくを温室に避難させてくれました。
くっちゃん姉さんは雷ごときではびくともしないのですが、ぼくはこわくてたまりませんでした。
1週間後、ママさんは、九州から帰ってくるママさんのママさんたちと
入れ替わりで京都へ出かけていきました。
いつもは必ずぼくを車に乗せて連れて行ってくれるのに、
今回は電車で行くからって言ってぼくは茨城で待機することになってしまいました。
最初は薄情な飼い主だと思ったけれど、
茨城ではいつもよりもずっとおいしいご飯が食べられたので、
ずっとここにいてもいいかなと思ってしまいました・・・・・。
2週間後、帰宅して、ぼくはまず縄張りチェックをし、何も荒らされていないことを確認してからぐ〜たら生活をすることにしました。ご飯の質が落ちたので、しばらくハンストしてやると、ママさんはぼくが茨城で食べていたものに近いものを作ってくれたので食べました。しかし、それを見ていたパパさんは、ぼくのわがままを矯正すべく、からからのドックフードしか出さないようにし始めました。ぼくはがっかりです。

福を呼ぶ「ふくろう」と一緒にいるのに、ぼくの福は長続きしないの・・・。
ぼくのなつやすみ